エチオピアの子どもたちと教育システム

(2013/4) 2013.04.13

講師紹介:SEID BurhanYasin(セイド・ブルハンヤシン)
エチオピア財務経済開発省からの国費留学生

セイドです、エチオピアから来ました、どうぞよろしく。今日はエチオピアの子供の生活と教育についてお話しします。私はコンピューターサイエンスとテクノロジーを勉強し理学士としてエチオピア政府の財務経済開発省に勤務すると同時にアジスアベバ大学の賛助スタッフをしていました。現在は早稲田大学大学院でアジア太平洋に関して幅広い勉強をしています。これはとても良い経験でエチオピアに帰ってから生かされることと思います。

エチオピア連邦民主共和国は東アフリカにあって、東はジブチとソマリア、南はケニア、西北はスーダン、南西は南スーダンに接する内陸国です。地形は変化に富み4550mのラスダーシェン山から海抜-125mの地域まであります。北の先端には今も活動中の火山があります。東側の地域はソマリアの影響で安全が脅かされており対策を必要としています。

公用語は90%の人たちが話しているアムハラ語で、地方では他に19の言語がつかわれています。教育は英語で行なわれ仕事をするには必須条件です。人口約85万人の内80%は地方に住んでおり、9つの地域と2つの特別認可都市からなっています。田舎に住む80%の人たちの収入源は動物を使って耕す伝統的な農業とヒツジや牛など牧畜業に依存しています。主な農産物はコーヒー、ゴマ、野菜、花などでアメリカ、中国、中近東やヨーロッパ諸国へ輸出されています。紅茶は利益率が低いので国内消費に限られ、トウモロコシや小麦は主食として消費しています。

エチオピアの家族には5人から6人の子供がいます。私は7人兄弟で4番目だけが女性です。私は下から2番目です。エチオピアでは女性は家にとどまって家庭の仕事をすることになっています。水は豊富で湧水もたくさんありますが水汲みは毎日の大切な仕事です。掃除、洗濯、料理、そのほかの手仕事も女性がします。母親が女の子に仕事を教え、父親は男の子の世話をします。男の子は父親について行き畑の仕事や家畜の世話を覚えます。状況によっては男性も家事を手伝いますが、私たちの場合は女性が1人だったので仕方のない場合は手伝いましたが原則としては女性の仕事はしませんでした。

こういった習慣の中にありながら、農産物の流通事業を立ち上げた有名な女性がいます。農産物を集積する流通センターを作りました。今では人々に仕事を提供し、更に仕事を調整するコンサルタント事業も行っています。彼女の仕事は都市の多くの男性からも支持されています。彼女は多くの女性に勇気をもってもらいたいと言っています。彼女に刺激されてこれに似た事業として新しい女性だけの銀行が出来ました。名前もエチオピア母親銀行と言い、17人以上の女性によって立ち上げられました。このように女性の進出は多くの支持を受けて寄付金も集まっています。しかし、農村部では今まで通りの生活が続いており、若すぎる結婚が問題だとされています。

エチオピアの子供たちは、生まれたときの環境によって教育は選ぶ余地もなく決まってしまいます。幼稚園に通っただけでまた農村に帰っていく子供もいます。男の子は18歳になると両親と相手の両親との相談で結婚相手が決まります。ほとんど本人は選択の余地がなく、男性は相手を選びますが、女性は拒否することも出来ないので結婚のその日まで相手の男性を見たこともない場合もあります。男性は結納金を支払いますが、それは家庭の経済状態によって大きく異なり最低金額は今$100とされています。女性は宝石や衣装を持って結婚します。地方農村地帯では医療施設が無いため乳児死亡率が高く、女性の生活改善は最優先の問題とされています。

エチオピア政府は教育システムの整備を急いでおり、ここ数年は財政支出の大半を教育に充てています。プライベートスクールと公立スクールがあり、プライベートスクールの方がいい教育を受けられますが費用が掛かるため収入の多い家庭の子供しか入れません。地方に住む人たちや都会でもほとんどの子どもたちは公立の寄宿学校に入ります。プライベートスクールの子供たちは小学生になる前3~4歳のころに保育園や幼稚園で予備の学習をしますが、公立学校の場合は6歳でいきなり小学校レベルから始まるのでついていくのが大変です。

中学校へ進むためには8年生で国家試験(National Examination)があります。ここで地方出身者はほとんどドロップアウトします。また女性の場合は14歳で結婚適齢期になりますのでここでやめる場合も多いようです。10年目にまた2回目の国家試験があり、この成績が良ければ2年間の準備期間を経て更に試験に合格すると大学へ進むことが出来ます。あるいはこの段階でTVET(エチオピア教育省教員資格)のライセンスを取れば教員になることが出来ます。

最初の高等教育はアジスアベバ大学で1950年に創設されました。これまでは21の大学がありましたが、今は建築中のものを含めて32の大学が予定さており、そのほかにもプライベートのカレッジや大学があります。
教育の質の問題を考えてみると、学校や大学その他の教育施設が数多くできたおかげで、非常に質の良くない多くの専門家を輩出していると言わざるを得ません。これは国の教育政策に問題があると思います。幅広く教えるだけで専門的な深い知識を得ることが出来ず社会に出てから仕事に就くことが困難です。また企業の方も日本のようにあらゆる規模の会社があるわけではないので就職は非常に困難です。これは大学の教育システムに問題があり各専門分野を選べる仕組みになっていないからです。行政は単に多くの高等教育を受けた人材を作ろうとしているのです。

もう一つの問題は学校へのアクセスの問題で、多くの学生は非常に遠くから学校に通っています。山道を1時間以上歩いて登校している高校生が大勢います。途中の道路には野生動物などの危険も多く、アクセスの悪さが原因でドロップアウトする学生も多くいます。食事は供給されませんので自分で持ってきますが、いり豆や炒ったコーンなどで貧しいものです。大学生になるとほとんどの学生は都市に住んでそこから通っていますがお金がかかります。

そのほかの現実的な問題としては、多くの民族文化、宗教、職業を持つ人々を教育に向かわせるための対策が求められていることです。また一方就学年齢女子の早婚、経済的理由で制服を揃えることが出来ないなど、両親が子供を学校へ入れるためのサポートが出来ないことです。HIV/AIDSによる多くの孤児やエチオピア東部、北東部では自然災害による飢饉も発生しています。
このように多くの問題を抱えているにもかかわらず、政治の不均衡が目立ち、国の予算や資源に関する政策も一部の政治家、高官に有利な職権乱用が目立ちこれが大きな問題です。