ケニアの非行少年問題

(2018/4)

講師紹介:橋場美奈(はしば みな)

神奈川県出身。2000年からケニアやタンザニアなど東アジア諸国において社会開発の協力活動に関わる。2010〜13年、独立行政法人国際協力機構(JICA)の専門家として少年、青年の更生、非行予防の重要性を痛感し、2014年ケニアの未来プロジェクトを立ち上げ、2016年12月特定非営利法人「ケニアの未来」を設立。主に保護司の制度を通じて、ケニアの地域社会での子どもと青年のケア、更生を図ることを目指して活動中。

 ケニアでは遊牧地域と農耕できる境目のところで活動していました。村長老の方々を集めて基礎保険の知識とエイズ予防について村の教会で研修をさせていただきました。2010年からJICAで少年司法分野の職員を研修するというプロジェクトに業務調整の専門家として配属され、ケニア省庁のお役人と一緒に研修会を目的に3年半働いていました。中心になるのは児童局で保護観察局、裁判官、警察官、刑務官という5機関の方々と研修の内容を検討しました。

このまま残ることもできたのですが、やはり草の根運動として現場に戻ることを考え「ケニアの未来」を設立し、マチャコスというところで活動を開始しました。NPO法人「ケニアの未来」は18歳未満の子供と25歳までの青年の自立更生支援と非行少年を対象にケニアの地域社会の中で活動しています。一旦非行に走った少年は社会から疎外される傾向が強く再び非行に走ることが多いので、簡単に施設に収容するのではなくその少年達をサポートするのが目的です。ケニアでもテロや放火が流行った時期があり、社会を敵視している子供達が多く、特にこういう子供達を保護したいと思っています。

 JICAのプロジェクトが2013年に終わり、その後人脈があった少年司法関連機関の人たちと2016年の12月「ケニアの未来」という任意の団体を立ち上げました。職員の人たちによると非行少年に対する支援はないということでした。施設に送るのは最終手段であって、その前に地域の中で更生手段を考えるべきだという意識をケニアの人たちも持っていました。それは日本の更生手段の知識を知る機会が毎年あり、保護観察局の保護司制度を作りたいという意欲があったということですが、実際には村の中での接点がない人たちでした。村では地域の行政官である区長と助役の方が力を持っていて、地域住民にも近い存在のこういう人たちが関与しない限り保護司制度はできないと思い「ケニアの未来」を立ち上げました。

 非行少年に対する支援、更生手段の支援、シングルマザーの活動支援をまず考えました。マチャコスという貧しい地域で長期的に見て親支援が必要だと思いビーズのバッグ作りをやるとともに女性の復学も支援しています。多くの女性はセカンダリーで妊娠してドロップアウトするケースがとても多いわけです。個別の支援として学びたいという人には復学の支援をしています。保護司さんの活性化として保護観察局との合意書を取りました。ケニア全国125裁判所で去年から700人の保護司と103人の保護観察官が活動しています。保護司は公務員ではありますが、ボランティアとして無給で活動しており、全国で3万人を超える対象者に対応できません。

まず現地の村は中央からのアクセスが難しく、言葉も多様で対応が難しいということもあり、地元の人の関与が必要になってきます。そこで私たちは地域の住民の集会で保護観察官に来てもらい、保護司とはどういう仕事なのかの説明を受けた人の中から人材を選ぶことにしました。このやり方は中央でも認められ、マチャコスモデルとして採用されることになりました。保護司として選ばれると新人研修を受けます。この運営に対する補助金制度もあって、申請をして補助金を受けることができるようになりました。

 2008からの活動がうまくいっていなかった2箇所の地域、マサイの多いカジアドカウンティーとカンバ族の多いナクルカウンティーを選んで新たに活動を始めました。2017年の10月からこの事業を始め、まずは保護観察官と保護司の連携が上手く出来るように合同で研修を受けていただきました。次に保護司さんに問題のあるケースを選んで担当してもらいました。その際に個別処遇計画を立て、その目標が達成できるように地元の保護司さんに活動してもらうことにしました。あとは報告書を出してもらい、実際にどういう風に活動されているかを今年5月に帰って見る予定です。

 ナクル地方のモロ観察所でのケースですが、15歳で完全孤児、祖母に養育され、小学校5年生でドロップアウトし働いていました。誰かに雇われて国有の森林に入り木材を採っているところで捕まりました。毎月保護観察所へ面接に行く交通費が600シリングかかるのですが、それが難しいので保護司が見ることになりました。裁判所の命令で学校に復学することになり、保護司の役割としては家庭を訪問して縁戚を説得して復学させることでした。その後の月次報告書によると、地域の行政官、助役、村長老とも確認してこの子供が学校に行けるようにフォローしています。

もう一つのケースはナクル湖のナイバシャで、やはり15歳の少年が従兄弟に対する性行為で3年間保護観察処分を受けました。両親はいるのですが、父親の影響力が希薄だということでした。セカンダリースクールの3年生で、保護司さんはこの学校の保護者で同じ村に住んでいました。この子の場合も保護司さんの面接でモニタリングをしてもらうことになりました。性教育のニーズは非常に高いので、その方面の活動もしていくことになりました。

 もう一つのケースは、18歳の少年で深夜に私有地に無断侵入したため1年間の保護観察処分になりました。次は、カジアドのキテンゲラという町のスラムに住んでいる青年ですが、勤務先での窃盗罪で2年半の保護観察になりました。弟の病院代のために窃盗を働いてしまったということでした。次は同じ地域の16歳の学生でマサイの少年でした。4ヶ月の子供にわいせつ行為をした疑いで、逮捕、3年間の保護観察処分になっていました。母親が病気で働かなければならず、家から離れたところで家畜の世話をしていました。被害者は雇用主の親戚の子供でした。小学校7年で中退していたので昨年から6年生に復学しました。保護司さんは元刑務官で熱心な方でした。

 保護司さんは無償で働くわけですが、手当がないところに意義があり、報酬をもらっていると出来ない成果をあげることができます。実際には関係している団体から交通費などの実費が出ることはあり、保護観察局の車を使ったこともあります。30歳以上で経済的に安定している人がやっています。間接支援は難しいので現地の人中心の活動にして個別処遇を丁寧にやっていくことが大切だと思います。

 元保護司さんのお話を伺いました。大学教授でありながら保護司を28年間務めて褒賞叙勲もいただいた方です。:実情はとても大変です。保護司制度きちんと作った例はフィリピンで、今1万人くらいの保護司がいて活動していますが、ここまで来るのに20年かかっています。これを見ていますので皆さんがこれを立ち上げるのは大変なことだと思います。国連アジア犯罪防止研修所という刑事司法の一大研修所があり、ここにおられる先生はそこの所長で法務省法務研修所の所長を務められ、さらにその上の法務省の所長をつとめ、今は国際司法の裁判官でいらっしゃいます。

アジア研究所がJICAの支援を受けてフィリピンの制度を立ち上げたと言っても過言ではありません。フィリピン政府は日本の制度を見てこれをやりたいという意思を示しました。フィリピンの保護観察官を日本へ呼んで毎年研修し、その間にフィリピンは自ら保護司制度を立ち上げました。どの国でも地域の自治組織がありますが、フィリピンにはバラカイという組織があり、そこがバックアップして保護司さんが増えてきました。監察官と保護司と対象者の距離が非常に近いといういい面があります。私はそのサポートに5回行ってその経緯を見ていますから大変だと思いますが、素晴らしいことだと思います。これを立ち上げようとしている民間の組織をどうバックアップしていくかが私の課題です。