コンゴのストリートチルドレンを救う音楽学校

(2009/6)

講師紹介:B.B.モフラン
コンゴ民主共和国出身のキーボード、パーカッション奏者
1983年初来日。渡部貞夫との共演、「ビタシカ」「ジャンボ」グループを率いてのライブ活動、CD発表等幅広い活動を続ける
1998年12月より、劇団四季のミュージカル「ライオンキング」に初代パーカッション奏者として出演
NHK教育TV出演やCM音楽提供
現在コンゴで建設中の音楽学校「ディアスポラ・ボクタニ」を建設中

(イントロとしてジャンベの演奏を少し) 

こんにちは! 私は1983年に来て20年日本に住んでいます。色は黒いですが、中身は日本人です。日本人のミュージシャンと初めて共演したのは渡部貞夫さんです。私のアジアに対するイメージは、空手、柔道、相撲などの格闘戯で、戦争が好きなのだと思っていましたが、大人になっていろいろ勉強して変わってきました。ヤマハのキーボードはケニアでは200,000万円、日本に来て御茶ノ水に行った時60,000円で見つけました。日本のテクノロジーはすばらしい、元はヨーロッパのものでも日本でのアレンジメントはすごいです。

コンゴはとても大きな国で日本の6倍、東西約3000kmあり、時差も1時間あります。東側はスワヒリ語、西側はリンガラ語が話されています。コバルト、ダイアモンド、金、銅などを産出するため、1970年代初期までは順調な経済発展を遂げましたが、銅価格の低迷、対外債務の増大等によって1970年代末期以降経済困難に直面しています。1991年の内政混乱以降、1997年のモブツ政権の崩壊、1998年の民族紛争の勃発等のために経済は壊滅状態となり、2002年3月世界銀行IMFの協力の下に貧困削減戦略が策定されています。

コンゴには大きな動物公園もあって野生動物やゴリラもいますが、私が初めてライオンを見たのは群馬サファリパークです。オカピはコンゴだけにいますが、見たのは日本に来てからです。お札に印刷されているのは、ゴリラ、ライオン、オカピです。

ウガンダでコンサートが終わった時楽器を目的の強盗に足を撃たれて、今でも麻痺しています。それ以来PTSD(心的外傷性ストレス障害)が続いていてコンサートが終わると一目散に家に帰ります。私は音楽とダンスの学校を作ってPTSDの子どもたちを救いたいと決心し、200m平方の土地を買って今建築中です。側に川があり、現在大きなジャパニーズ・スタイルのウォーター・タンクを作ったところです。外国人はお金持ちだと皆思っていますが、タックスの問題がすごくて大変なのです。私は日本人なので国へ帰っても全然感覚が合わない。お金を送って何かをたのんでも全然やってくれないし約束も守ってくれません。

この子供たちはジャズの話を知らない。エルビスプレスリーとチャックベリーを比べた時、みんなは白人の方を簡単に認めますが、元になっているジャズは黒人のものだということを誰も考えません。犬でも魚でもいろんな色のものがいますが、これと同じことです。ロックンロールは黒人が作ったことをアフリカの子供たちは知らないのです。だから私はこの学校を作ろうと思いました。

黒人が始めてアメリカへ行った時には大変な差別を受けました。私の兄はテキサスへ行くまではエルビスプレスリーが好きでしたがアメリカへ行ってから嫌いになってしまいました。白人のパワーは強いので一番偉いのは白人だと思っています。ところがジャズの母体は全てアフリカ音楽なのです。私のお父さんはすごいビジネスマンだったし、上の兄弟は薬学の博士、もう一人の兄はコンピューターの博士、弟はエンジニア、私は電気工学を勉強しました。沢山本を読んでいろんなことを勉強しました。今コンゴに学校を作っているのは、アフリカの伝統音楽がアメリカの音楽全ての母体になっているということを教えたいからです。これを知らなければ子供たちは悪い人間になってしまうかもしれません。

コンゴの音楽にはヒーリング音楽もあります。アフリカ人は文字を持っていませんでしたが、ブラックアフリカのコミュニケーションは心の中にあって全て音で伝えることが出来ます。昔のアメリカのバンドはパーカッションがなかったのです。アフリカ人はパーカッションでコミュニケーションが出来るので禁止されていました。演奏中でもカウントなどで合図はしません。アフリカ人はパーカッションで全てのタイミングを理解できます。

音楽学校「ディアスポラ・ボクタニSIASPORA BOKUTANI」は2011年を目指して建設中です。「ボクタニ」とはコンゴの言葉リンガラ語で「再会」を意味しています。伝統音楽との再会、人の絆との再会、自分自身の母国との再会など、「再会」への想いを込めて名前を選びました。

コンゴ民主共和国は、長年にわたる独裁者の悪政と約10年続いた内戦の時期を乗り越えて、新しい国造りへと歩み始めています。内戦で親を失った子どもや、戦うことを強要されて心に傷を受けた子どもたちが多く存在しています。私自身PTSDに苦しめられていますので、こういった子どもたちを救うために音楽とダンスの学校を作ろうと決心したわけです。

日本全国でチャリティーコンサートを開き、Tシャツやトートバッグを作って、その売り上げを建築費に当てています。皆様のご協力を広く求めています。使わなくなった楽器を寄付してください。ギター、トランペット、トロンボーン、フルート、キーボードなど電気的なものは狂わないのでありがたいです。ピアノは調律とかメンテナンスが熱帯の国ですので大変なのです。遠大な計画ですが学校が出来るころには、学用品、楽器、自転車などをコンテナに詰めて横浜の港から送りたいと思っています。寄付いただいたもので、現地ではこんなものが出来ましたということをホームページに掲載して、写真を含めてご報告しています。