サハラ縦断交易・サハラ、塩のキャラバン

(2011/8)

講師紹介: 名取航(なとりわたる)
アフリカ雑貨、アクセサリー、ひょうたんなど民芸品と美術品専門店「アフリカ雑貨アザライ」を経営
http://www.azalai-japon.com

「アフリカ雑貨アザライ」の名取です、よろしくお願いいたします。今日はサハラの塩のキャラバンのお話をさせていただきます。その塩がここにありますので取りあえず舐めてみてください。(可愛いステンレスのおろし金で削っていただきましたが、すごくきれい!美味しい!という皆さんの反応がありました。)よく売っている色のついた岩塩は食べられなくありませんが、美味しいものではありません。これは2億年前の海がそのまま固まったものですので特別なものです。

人間が生きていくためには塩が必要で昔から岩塩や海の水から塩を作っていましたが、サハラの人たちは濃い塩分の湖やこういう鉱山から塩を取っていました。サハラは紀元前2000年くらいから砂漠化が激しくなりましたが、ローマ時代はまだ草地だったらしく馬車で縦断していたようです。マリに馬車を描いた壁画が残されています。7~8世紀ごろには今のような状況になり、アラビアの遊牧民が使っていた乾燥に強いラクダが使われるようになりました。

10世紀ころまでこの辺りはガーナ王国という強大な国がありサハラ縦断の交易で非常に栄えました。13世紀になるとマリ王国もサハラ縦断交易を盛んに行い、塩は貴重なものだったので高い関税がかけられていました。ヨーロッパからは装飾品、ガラス製品、時代が下ると銃なども入ってきました。その頃の岩塩がどれほど貴重だったかは、同じ重さの金と等価交換されたとも言われています。岩塩は窪地にたまった水が干上がって塩分が残ったもので、この辺りは地殻が安定しているので塩の層になっています。

16世紀後半になりますと、ポルトガルを中心とするヨーロッパの国々が海洋交易を盛んにおこなうようになり、過酷な砂漠を縦断する交易は衰退し始めました。ニジェールからアルジェリアまで私も行きましたが、今は物資よりも人間の行き来が盛んでアルジェリアへ出稼ぎに行く人たちで乗り物はいっぱいです。塩の産地はマリのタウデニという所ですがサハラの真ん中にあって都市からは遠く離れていてラクダのキャラバンが必要になります。岩塩をラクダに運ばせて往復1500キロメートルの旅をします。

実は2006年の11月に私もトンブクトゥからタウデニまでラクダで行こうと考えましてラクダに乗って出発しました。気温も少し和らいだころで32-~33℃くらいでした。ガイド1人とラクダが3頭、初めのころは人が1000人くらい住んでいるオアシスもあり、草や木が生えていましたがここを超えるともう全くの砂漠で緑のものはまったくありませんでした。このあたりの住人は黒人ではなくアラブ系の人たちです。途中に井戸があり水飲み場があるのですが、水を飲むときは先ずラクダや家畜が飲んでから最後に人間が飲みます。ラクダが口を付けた水ですから茶色に濁っていてぬるくてくさい水でした。

サハラの遊牧民の方向感覚はすごいです。時々別のキャラバン隊と出会うことがありガイドが情報交換のためにラクダを離れることもあって、まっすぐ行ってくれと言われてまっすぐに歩くのですが、彼が帰ってきた時には全く違う方角に行っていました。夜寝るときはラクダの前足を片方折り曲げて縛っておき遠くへ行かないようにしておくのですが、翌朝探し回ると10キロくらい遠くへ行っていることがあります。ガイドは足跡でわかるようです。昔ゴビ砂漠へ行った時も、あちらの砂漠は砂利だらけで足跡は残らないと思うのですが、それでも遊牧民には足跡が見えるようです。夜は13℃くらいまで気温が下がるので本当に寒いです。

塩のキャラバンに合流するのが目的でしたが100頭くらいの大きなキャラバンに会うことが出来ました。カイドと二人の時はのんびりしていましたが、キャラバンと合流してからは朝3時に起き、夜は8時ごろまで歩きます。キャラバンはまったくラクダの都合に合わせて行動しなければなりません。とにかく歩き続けなければならないので食事もお茶も歩きながら済ませます。驚いたのはコンロを手に持ちながらお湯を沸かして歩きながらお茶を作ります。お茶は緑茶を煮出して大量の砂糖を入れて作ります。この辺りには貝殻がたくさん砂の中に混じっていてかつては海だったことがわかります。この後私は病気になってしまいキャラバンとは別れて引き返すことになってしまいました。

タウデニの岩塩はきれいな層になっていて、それを今でも鉱夫が手で切り出して100×60×厚さ5㎝の板状に整えられます。一枚の重さが約35㎏で1頭のラクダに4枚ずつ運ばせます。ラクダのキャラバンはトンブクトィからタウデニ鉱山まで片道750㎞を20日間かけて行きまた戻ってくるわけです。毎年酷暑の和らぐ10月ごろから翌年の3月まで続けられます。トンブクトゥへ着いた岩塩はここで船に乗せられてニジェール川をさかのぼり400㎞離れたモブティへと運ばれマリ各地へと出荷されます。塩は2枚ずつ縛って振り分けにして合計4枚ラクダに積みますがこれが2人がかりで大変な作業なのです。私もやってみましたが2~3頭で腰がガクガクになりました。100頭のラクダに積むとなると1時間半くらいかかります。

このサハラ縦断交易のことをアラビア語由来の言葉で「アザライ」と呼ばれています。砂と空以外何もないサハラを2列縦隊になって進むラクダのキャラバンはとても幻想的で美しい光景です。今では海水から作った塩が安価に手に入りますが、タウデニの塩はコーラナッツとともに贈答品としても貴重な存在です。またさまざまな病気を治す力があると信じられており、民間薬としても売られています。