ナントンゴ・プロジクトの活動:ウガンダ

(2010/3)

講師紹介:宮本啓子
立教大学卒業後ウガンダの男性と結婚
日本とウガンダを繋ぐ活動を一人で「ナントンゴ・プロジクト」主催

 始めまして。宮本啓子と申します。夫に貰ったナントンゴというウガンダ語の名前を持っています。今日は、ナントンゴというプロジェクトの紹介とウガンダという国についてお話したいと思います。

 「ナントンゴ・プロジェクト」は私が一人でやっているもので、NGOやNPOではなくノンプロフィットですがお金を作ることを目的にしており、ウガンダの人たちに還元できるようにしたいと思っています。ウガンダについてプラスのイメージを持ってもらいたいと思い、どうしたらいいかと考えているときに人形の神様が降りてきました。ウガンダのイメージアップに貢献するオリジナル商品の企画開発とかっこよく言っていますが、思いついた手作りのものをウガンダの人達に覚えてもらって商品化し日本で売るというものです。皆様のようにアフリカに興味のある人たちだけでなく、一般の人たちも手作りの人形を見て可愛いなと思うところから、ウガンダに興味を持ってもらえれば良いなと思っています。

 いらないものを使ってちょっと形を変えることで価値のあるものにしたいと考え、今のところ現地の人との交流などを通して私一人で幸福を感じています。人形の材料は古着なのですが、最初に作った時は茶色のタイツがウガンダの人たちの肌の色に似ているなと思って作ってみました。現地では女性、特にシングルマザー、エイズ孤児やハイティーンの女の子に集まってもらって作っています。製品は日本に送ってもらい、毎月何かのイベントを見つけては一人で売っています。まだ上手に出来ませんし量も僅かですが、上手に出来るようになったら量を増やして利益も上るようにしたいと思っています。

 その他には現地の材料を使った商品の開発を考えています。東アフリカの土産店で売っている木の実のビーズを使ったネックレスをはずして、ペーパービーズなども使いながら新しいアクセサリーを作るというものです。材料を仕入れた方がよさそうですが、簡単には仕入先を教えてくれないですし、出来上がったものを安く買って使った方がいいのです。たとえナッツを山のように集めてもらっても、それに穴を開けてビーズにする人もいないし大変なのです。

 ウガンダの女性たちですが、夫のお姉さんはとても不器用なので連絡係をやってもらっています。シングルマザーのサラさんという人がグループを束ねてくれています。子供たちもいますが、戦力になっているのは最初から参加してくれているおばあちゃん、サラさん、10歳代の女の子たちで現在12人のグループです。ゴリラ、カバ、天使、着飾った女の人、チンパンジーなどを作っています。端切れで作った浴衣、ブックカバー、ペーパービーズのアクセサリーなどをも考えています。

 まだプロジェクトをはじめて間がないのですが、去年初めてアフリカンフェスタに出させていただきました。あとは動物園祭の会場で、太鼓の紹介を兼ねてウガンダでこういうことをやっていますと説明しながら展示しました。また、作ってもらったものを見せたいと思っていたところ「私のクリスマスツリー」という催しがあり、誰でも申し込めば参加できるというのでウガンダの手作り人形で飾ったツリーを出品したところ、有難いことに「GP賞」という主宰している駅ビルの賞をいただきました。賞品はクリスマスケーキでした。

 最近のニュースでは、大さまの宮殿があったところでブガンダ王の墓が世界遺産になっていましたが、それが火災になって燃えてしまいました。これは大変なことで暴動になるのではないかと心配されています。放火と見られていて原因はよく分かりませんが、政府と王族派との対立が元のようで、火事が起きたとき既に別のデモ隊が出ていて交通渋滞になり、消火が間に合わなかったということです。事件のあと大統領がここを訪れて弔意を述べようとした時、王様を支持する反対派に阻止されて警備の人たち3人が亡くなっています。

 どうしてナントンゴ・プロジェクトに至ったかの話ですが、結婚がきっかけでウガンダを知ったわけで、今から10年位前にセントンゴさんという人がいまして、私の妹になりなさいと言ってナントンゴと言う名前を付けてくれました。セントンゴに対する女性版の名前です。モンキー族の名前の一つで昔流行った歌にナントンゴ、おまえは世界一美しい~というのがあり、そこから転じて「ハニー」といった感じになります。付き合いだした頃に名前を貰って、結婚してから初めてウガンダへ行きました。ウガンダは標高が高いせいで、とてもさわやかな気候です。

 夫の作った自動車パーツのお店があるので私は店番をして帳簿を書いている予定でしたが、商品は全部売ってしまって売り上げもなくなっていました。その時はまだ両親に反対されていましたので、帰らないつもりでアパートも引き払って行きましたが、夫は売るものがないと言って日本へ帰ってしまいました。ところが日本へ帰る直前に夫が交通事故に遭い、その時にウガンダの人たちの考えられないような行動を見て一時期ウガンダが嫌いになってしまいました。何と無傷の夫を殴って気絶させたうえで、車を壊して部品を盗もうとしていたのです。

一人になってしまい、住む所は用意してあったのですがまだ内装工事中で住める状態ではありませんでした。そこで彼のお兄さんの元奥さんが裕福な人で一緒に住まわせてくれました。私がこれから住む家もそこの敷地内にあったのですが、その人のお母さんがNGOグループのAOUウガンダ(女性とウガンダを助けようという団体)をやっていたというご縁がありました。この団体はストップしてしまっている学校建設を続けるのが目的です。そこで私はやることもないので、AOUのお手伝いをすることになりました。インターネットで寄付を募り、日本の友達も心配してくれて寄付金や古着を集めて沢山送ってくれました。最初のコンテナは包装が悪かったため雨に濡れて一部腐ってしまい、仕分けが大変でしたが、こんなことをして一年くらい頑張りました。

 そのあと日本へ帰ってきて二年くらい夫と一緒に暮らし、自分もフルタイムで働くようになりました。日本へ帰ってきた時に、友達が冬物の古着はフリーマーケットで売っていたと言って渡してくれた5800円を如何に有効に使うかを考えていた時、人形の神様が降りてきたわけです。本当にこれまでやったことも無く、下絵も描かないで、ウガンダの女の子はこんな感じかなと思って作ったのがこの人形です。これをみんなに覚えてもらって作るには複雑すぎるので、二作目はもっと簡単なチンパンジーを作りました。小学校以来こんなことはやったことが無かったので、やはり神様が降りてきたのだと思います。

 2007年の12月にウガンダへ行って、作り方を覚えてもらい、出来た製品を持ち帰って雑貨店や教会のバザーで売っています。ホームページを作り、カタログも作って少しずつ売ることの楽しさが分かってきたところです。これが会社経営の形になって、発注どおりに生産してくれるようになれば、女性たちの収入にもなるし沢山の孤児たちを救うことが出来ると思っています。

 ここで少しウガンダのことに戻りますと、首都のある中心部分がガンダ人の国で回りにいろんな王国があります。大統領はムポロロというところの出身です。去年あたりガンダ王国を独立させるという話もありました。王様はカバカという人でみんな大好きです。17世紀半ばにバンツー族の人たちが移動してきて、ここでバナナと穀物を作って生活してきました。1966年に王様が追放されて、追放先で亡くなっています。1993年に今の大統領の政権下になり、他の王国も王様を呼び戻して象徴のような形でみんなの気持ちを静めようとしました。

 ガンダ文化の話になると必ず「クランは何?」と聞かれますが、皆どこかの種族に属しています。王様が最初に56の種族を決めて統治したようです。結婚した時は戸籍が無いといわれたのですが、後でファミリーブックのようなものがあって代々の人達が示されていることが分かりました。自分のクランとお父さんの名前が分かれば、全て分かるようなっています。

 このクランはきのこ族、このクランは猿族という風に動物や植物がシンボルになっています。またクランによって職業も決まっていました。夫はきのこ族で、ダンサーやエンタテーナーになる種族です。私は猿族ですが、職業は特に無く、どうやら王様のおばあちゃん役で、みんなを育てる役目のようです。ライオン族は門番ですので、宮殿の門にはライオンの飾りがついています。何クランに属しているかは今でもみんなが知っている常識です。

 また、自分のトーテムは食べられないことになっています。猿は食べないのでいいのですが、ヤムイモ族、バッタ族、きのこ族などは大変です。これは先祖が何かを食べて死んだとか、ある動物に殺されたということから始まっているようです。クランごとのホームページもあります。王様が統治していた頃は56クラン有りましたが、今は50~52くらいです。またクラン内での結婚は許されていません。クランによる上下関係はありませんし、職業も今ではクランによって決められることはありません。

 食べ物に関しては、バナナ料理が多く、バナナの煮込みやバナナの皮で包んだ肉の蒸し物などが多く、飢餓といわれている割に食べ物は豊かです。

 このプロジェクトは、小さなスケールでも終わり無く続けること、ゴールが無いことを目指そうと思っています。