マラウィ隊員母の会の活動

(2015/4)

講師紹介:佐藤順子(「マラウィ隊員母の会」代表)

JICAのマラウィ隊員の母や家族を中心とする有志のグループで、留守家族の交流のほか、日本マラウィ協会の協力により2006年からグローバルフェスタなどで手作りのチテンジバッグを販売し、その収益でマラウィ隊員を支援する活動をしている。

マラウィはアフリカの東南部にある小さな国です。私は息子がそこに派遣されるまで名前も知りませんでした。2004年にJICAの隊員としてマラウィに派遣されたことから、その留守家族の情報交換の会「マラウィ隊員母の会」というものが始まりました。会費も会則もない出入り自由の会です。

私は子供の本の翻訳をしており長く公共図書館に勤めていました。ある日突然長男が会社を辞めると言い出しまして、青年海外協力隊に入って活動をしたいということでした。ブルガリアへ行くかもしれないと言っていましたので一応賛成しましたところ、試験に受かり派遣国はアフリカのマラウィだというのです。それからいろいろ調べたところ、マラウィは世界一貧しい国で1日1ドルの生活をしているとか、AIDSの感染率が高いなどと書かれていました。本人は張り切っていましたが、そんなところへ息子が行ってしまうというので大変心配しました。

息子は行く前に研修があり、あまり会っていなかったところへ帰ってきたと思うと、買い出しと飲み会の連続で、あっという間に出発の日が来てしまいました。見送りと荷物運びとして成田にいっしょに行きました。出発する隊員たちはすでに集合していて、わいわいハイテンションでしたので、私は少し離れたところに居ましたところ、近くでハンケチを握りしめて泣いているお母さんがいましたので「お宅もマラウィですか?」と声をかけました。その方はお嬢さんが行ったのですが、同病相哀れむということでお互いに情報を交換しようということになり、壮行会の時に知り合った方と合わせて3人の知り合いが出来ました。その後3人で会って食事などをしながら、どうしているかしらと話している内に、それぞれの子供から連絡が入るようになり無事に着いたことが分かりました。息子はコンピューター隊員だったことと勤務先が学校だったので、ネット環境がよく頻繁に連絡をくれて写真も送ってくれましたので、一応安心して落ち着きが出てきました。そうなるともっと知りたいと思うようになり、関心を持つといろんなイベントなどが行われていることが分かりました。少年兵の写真展、アフリカンフェスタなどを知って見に行きました。また、JICAのOBの方がやっている「協力隊を育てる会」が主催する「視察の旅」というのがあって隊員の家族が現地を訪問することが出来るということが分かりました。個人では到底行けませんので、一大決心をしてこれに参加しました。

行ってみるととてもいい所で、息子は教員住宅を提供されてそこで生活していました。お母さんが来たということで、同僚たちが料理を作って歓迎してくれました。そのあと、ちょっとした観光で動物を見て歩き、農村地帯へも連れて行っていただき、すっかりはまってしまいました。今までの日本での常識を覆される思いがしました。電気も水道もなく、それでも明るく暮らしているのです。日本でも100年前はこうだったのだ、日本は早く発展しすぎたのではないかなどと考えました。山羊や鶏以外の動物を見ないまま一生を過ごす人もいます。

この視察の旅で知り合った人も含めて会員は4名になりました。視察の旅から帰ってきますと、それを人に話したくなり「協力隊を育てる会」の事例報告会で報告もしました。そこでまた情報を得てアフリカ子どもの本プロジェクトに参加するようになり、翌年の9月には「アフリカの絵本原画と児童書展」に「マラウィ隊員母の会」として参加しました。

次にマラウィ協会の人たちと知り合い、グローバルフェスタを知り、そこで売られている物を見て、こういう物なら自分達でも作れるのではないかと思いました。仲間のうちに紳士服の仕立てをしている方がいて、休みの日に仕事場をお借りして教わりながら裁断をし、それを皆で持ち帰って袋物を作り始めました。それを2006年の9月にグローバルフェスタでマラウィ協会のテントをお借りして初めて販売しました。マラウィ協会のテントの半分以上を使ってしまいましたが、これが案外よく売れました。この時の売り上げが69880円でした。

これに気を良くして、協力隊祭りにも出すことにしました。これを年2回やっているうちに、2010年には23万の売り上げがありました。この売り上げをどうするか、JICAマラウィ事務所の調整員の方と相談している内に「寄付要綱」の書式を作ることになり、現在活動している隊員たちが、本来の仕事以外の活動をするときに使ってもらう活動支援資金ということにしました。本来の仕事に差し障りがあるといけませんので、これは必ずJICA事務所を通してもらい、趣旨をはっきり書いて提出してもらうことにしました。

事務所の方と相談しながら一度に5万円、6万円の規模で支援することにしました。

2008年4月に6万クワチャ寄付(マカタ地区で女子性教育プロジェクトのパンフレットを作った)、
2008年6月に6万クワチャ寄付(カポロ地区就学前児童への給食活動、次の年からはメイズを育てるところから計画)、2009年5月に18万クワチャ寄付(ルウェレジ地区エイズ陽性者支援活動用自転車12台)、
2010年8月に5万クワチャ寄付(カタベイ地区パーマカルチャー、永続的バイオ農業の研修)、
2011年4月に8万クワチャ寄付(ンバワ地区女性グループにミシン2台)、
2013年1月に57万クワチャ寄付(ムジンバ県マビリ小学校に机115台)、
2014年9月にクンバリ幼稚園の運営資金に10万円寄付。以上の支援をすることが出来ました。為替レートは、1MK(マラウィクワチャ)が2015年3月5日現在で0.26円ですが変動が激しいので目安にすぎません。

活動によって得たものは何かと考えてみますと、マラウィで活動中の隊員の支援と同時に一番大きいと思ったことは、派遣中の隊員を心配する家族の相談を受ける窓口になれたことです。また留守家族同士として始まったメンバーですが、家族ぐるみのお付き合いになり、帰国隊員、職員、関係者などに出会えたことで、小さな世界しか知らなかった自分の視野が広がったと思います。結果的に「協力隊を育てる会」の趣旨に沿ったことが出来たと実感しました。

副産物としては、アフリカの布が好きになったこと、親せきや友人たちがアフリカに興味を持つようになったこと、グローバルフェスタなどでの人との交流です。息子はマラウィで知り合った方と結婚して幸せに暮らしていますし、これからも活動を続けてお世話になったマラウィの人たちに少しでもお返しが出来ればと思っています。

今後の課題としては、お世話をしてくださる職員の方が変わったこともあり、寄付金の申請が上手く回っていないことです。10年経った今お母さんたちの意識も変わってきているようですし、新会員に受け継いでいけるかどうかが問題です。「アフリカ子どもの本プロジェクト」というものもやっていますので興味のある方はご参加ください。

http://www.hananotane.com/